<思い出話>
これはもう完全にBilly Joelのおかげです。Billyのアルバム『52nd STREET』を愛聴していたわたくし、ふとアルバムのクレジットを見たのですね。お馴染みのLiberty DeVitto(Dr)・Doug Stegmeyer(Ba)・Richie Cannata(Sax・Org)の他に、髭面の「Steve Khan」っていう人がギターとして記されていたのですよ。わたくし、「好きなアーティストと仕事をした人」というのもいちいち気になる質でして、「このSteveさんて誰?」となったと。まあ、いつものパターンですな。Billyのアルバムではさほどギタリストは目立つわけでないので、「このプレイが凄い」とか思っていたわけではなかったにもかかわらずですよ。(なお、Billyの前作『THE STRANGER』(1977)にもSteveさんは部分参加していたのですが、そちらにはあとから気づきました。『THE STRANGER』のブックレットにはMr.Steve Khanの写真もありませんでしたので……)
*右下がカーンさん
しかし、調べてみたら、この1978年前後にSteveさん、すごくいろいろ仕事されているではないですか。本場ニューヨークのセッションミュージシャンというのは驚異的なものだなあと妙に感心した覚えがあります。わたくしの調べた範囲では、SteveさんはBillyのツアーに同行はしていないはずですので、純然たる「ニューヨークの助っ人」だったわけですな。あとで述べますがこのBillyのアルバムにも、『THE BLUE MAN』に登場のKhanさんフレンズが大挙参加してたりします。
で、あるときCD店を見ていたら、本作『THE BLUE MAN』国内盤(もちろん再発)が出ていたわけです。たしか、『TIGHTROPE』と『ARROWS』も並んでいたんですが、Billyの『52nd STREET』と最も時期が近いからと自らに言い聞かせてこれだけを買ったのでした。その後しばらくご無沙汰していたらもう店頭からそれらはなくなっちゃってて、落胆したのを覚えています。
このほかにもSteveさん関連作は気になることが多くて、選んでしまうことが多うございました。ブレッカーブラザーズとの共演ライヴであるとか、歌モノ(ベン・シドランさん)のバックをつとめたものなど、さまざまです。以下でご紹介しましょう。
<今回取り上げた作品>
(1)Steve Khan『THE BLUE MAN』(1978)
(2)Larry Coryell & Steve Khan『TWO FOR THE ROAD』(1977)
名ギタリスト、ラリー・コリエルが構想した「アコースティック・ギター二本によるデュオ」のパートナーに選ばれたのがカーンさん。このアルバムは二人が行った1975-76年のツアーの記録(ライヴ)です。すでにスーパー・ギタリストとして名を馳せていたコリエルさんが目立つ場面が多い作品ではありますが、プロデュースはカーンさんが務めていますねえ。(要するにカーンさんて人は、別に自分が前に出なくても平気なタイプなのかな。)
二人の意図は「アコギのデュオでやるなんて人々が思いもしない曲をやろう」ということだったそうで、冒頭からChick Coreaの名曲「Spain」をギター二本で演奏。他にはWayne Shorterの「Juju」「Footprints」などといったカヴァー、オリジナルの「Son of Stiff Neck」など全7曲。右チャンネルがラリーで左チャンネルがスティーヴ、だそうですから、ギターファンは細かく味わってみては如何。
(3)Arista All Stars『BLUE MONTREUX』(1978)
1978年、このフェスにアリスタ・レーベルの専属ミュージシャンを中心としたユニット「アリスタ・オール・スターズ」が参加したのですが、その時の実況盤が本作となります。アルバムのカヴァーには「Warren Bernhardt, Michael Brecker, Randy Brecker, Mike Mainieri including other artists, with special guest: Larry Coryell」とありまして、バーンハート・ブレッカー兄弟・マイニエリが主役だったことがわかります。われらがSteve Khanさんは”other artists”でひとくくりにされていますが……しかしこの”other artists”もたいしたもので、ベースではTony Levin(数々のセッションやKing Crimsonへの参加などで有名)、ドラムではSteve Jordan(当時は無名だったがこれで名をあげた名手――余談ですがBilly Joelの『RIVER OF DREAMS』(1993)にも2曲参加し、ビリーをして「彼(ジョーダン)はドラムの天才だ!」と言わしめています)が見事な仕事をしています。目立つのはフロントの4人衆ですが。
The Brecker Brothersのヒット曲「Rocks」のホットなヴァージョンが聴ける(ギターソロはゲストのラリー・コリエル氏)ほか、バンドの事実上のリーダーであるマイク・マイニエリ(ヴィブラフォン奏者)のオリジナル・バラード「I’m Sorry」やKhanさんの弾きまくりが楽しめるロックっぽい「Magic Carpet」など、楽しいお祭りの一枚。
(4)Ben Sidran『LIVE AT MONTREUX』(1978)
で、(3)と同じモントルーに出演していたのが、Ben Sidran(Vo, P)さん。このときバックを務めたのが、Tony Levin(Ba)、Steve Jordan(Dr)、Steve Khan(Gt)、Mike Mainieri(Vib)、Michael Brecker(Ts)、Randy Brecker(Tp)、つまり上記オール・スターズだったわけです。その時のライヴがこれだというわけ。
冒頭の軽妙な「Eat It」からアンサンブルは完璧。Benさんはピアノも達者ですが、適度に力の抜けた歌唱が個性的。わたくしなどはどうも、Mose Allison――ロックファンならば「Young Man Blues」や「Parchman Farm」はご存知だと思います――を思い出してしまいます。躍動的な「Song For A Sucker Like You」もあれば、ジャズバラード「I Remember Clifford」もあって飽きさせませんが、個人的に面白かったのはラストの「Come Together」。もちろんあの、The Beatlesのナンバーです。ホーンのソロが大々的にフィーチャーされる一方、カーンさんは職人芸のカッティングで曲の推進力を維持、渋い貢献してます。
(5)Billy Joel『52nd STREET』(1978)
さきにも触れましたが、この作品はSteve Khanの他にもジャズ・フュージョン系ミュージシャンがかなり参加してまして、それがアルバムの雰囲気にまで影響していると思います。Freddie Hubbardは「Zanzibar」でトランペット・ソロを聴かせていますし、Mike Mainieriは「Zanzibar」「Rosalinda’s Eyes」に参加してヴィブラフォンとマリンバを披露、David Spinozzaが「Honesty」のアコースティック・ギターを弾き、ホーンセクションではBrecker兄弟も参加……という具合。楽曲でいうと、シングルカットされたりベスト盤に入れられたりして有名な「Big Shot」「Honesty」「My Life」の冒頭三名曲“以外”でジャズ系テイストが強めです。4曲目の「Zanzibar」や続く「Stiletto」は、Billyにしては異色なほどジャズ度高め(間奏は完全にジャズ)ですし、「Rosalinda’s Eyes」はラテン・ジャズ風、割合ストレートなロック調の「Half Mile Away」でもBrecker兄弟によるであろう分厚いホーンが配置されていて……コアメンバーだけで録音されたと思しい終曲の「52nd Street」もジャムセッションから生まれたようなジャジーな一曲、と。
次作『GLASS HOUSES』で、「ビリー・バンドだけによるロックンロール回帰」を打ち出していくことになったのは、豪華ジャズアーティストとの共演という方向性を極めてしまったからではないでしょうかね。個人的には、Billyが「ジャズ系セッションマンとの洗練された仕事」よりも、「ニューヨークの悪ガキ仲間(イメージ)とのロックンロール」を選んでくれたことは良かったと思っていますが、逆に言うと『52nd STREET』は貴重な成果でもあるわけで、まあ要するにBilly Joel万歳!と、こういう結論。