スタジオでもMark Riveraさんの貢献は大でしたが、彼の本領はライヴでのプレイだと思います。所謂スタジオ・ミュージシャンの枠にとどまらず、各地のステージを盛り上げることが出来る、ビリーにとっては心強い仲間であった(である)に違いありません。
たとえばここで挙げる「ソ連ツアー」ですが、ビリーどころかアメリカ・ポピュラー界にとっても一大チャレンジのイヴェントだったわけで、ミュージシャンの感じるプレッシャーも相当なものだったと推察されます。この辺のことは、ドキュメンタリー『A MATTER OF TRUST』及びその続編『A MATTER OF TRUST――THE BRIDGE TO RUSSIA』で観ることが出来るのですが、映像を観る限りマークさんは終始――疲労はあったようですが――ポジティヴな姿勢を崩さず、バンドを盛り立てていたようなんです。
現地でのロシア人との交流もいい思い出だそうですよ。あるステージで、客席を見たら青年兵士がいたので、彼に向かって「オイ、その帽子貸してくんないか!?」って頼んで、その帽子を借りてワンステージ演奏しちゃったんだそうです。で、終演したので返そうと思ってその兵士君に話しかけたら、「いえ、あなたにあげます、あなたに」って言われて大感動したと。その帽子、いまもマークさんは大事にとってあるようです。(ドキュメンタリーに映ってる。)ビリーと一緒にソ連に行った面子で、いまも一緒にステージに立ってるのは彼だけですが、ミュージシャンシップに加えてポジティヴな人柄もやっぱりポイントなんだろなあと思う次第。
Billy Joel『Концерт』(1987)
- Odoya
- Prelude/Angry Young Man
- Honesty
- Goodnight Saigon
- Stiletto
- Big Man On Mulberry Street
- Baby Grand
- An Innocent Man
- Allentown
- A Matter Of Trust
- Only The Good Die Young
- Sometimes A Fantasy
- Uptown Girl
- Big Shot
- Back In The U.S.S.R.
- The Times They Are A Changin'
<メンバー>
Billy Joel(Vo ,Key)
Doug Stegmeyer(Ba)
Liberty DeVitto(Dr)
Russell Javors(Gt)
Kevin Dukes(Gt)
Mark Rivera(Sax, Perc, Cho)
David LeBolt(Key)
George Simms(Cho)
Peter Hewlett(Cho)
近年、いわゆる完全版が出ましたが、1987年に出たのはこの作品。『THE BRIDGE』ツアーの終着点として、当時ペレストロイカで対外開放を試みていたソ連が選ばれました。ビリー自身の意向が強く働いたようで、周囲には賛否両論あったそうですが、ついに決行されました。ツアーの各種音源が混ざっており、TV番組に出た時のギター弾き語りもあれば、モスクワでの巨大ショーも、ジョージア(当時はグルジアと称されていた)でのステージも記録されています。
冒頭の「Odoya」はビリーバンドの演奏ではなく、ジョージアのZhournalistという合唱団によるジョージア民謡(だそうです)。聖歌のような感じでしょうか、なかなかに荘厳。次の「Prelude/Angry Young Man」がBilly Joelバンドによるオープニングナンバーですね。前に「このドラミングがすごい」で申し上げたかと思いますが、この曲の主役は、(ビリーは別ですが)リバティのハードヒットドラミングなんですよ。3番のところなんかすごすぎる。マークさんはサックスでバッキング。
「Honesty」はビリー一人のピアノ弾き語りヴァージョン。彼はソ連(ロシア)の詩人ウラジミール・ヴィソツキイ(1938-1980)の事跡と作品に感銘を受け、(たしか)彼に捧げるというニュアンスでこれを演奏したのではなかったかと。
「Goodnight Saigon」は『NYLON CURTAIN』(1982)収録の大作ですが、ヴェトナム戦争をモチーフとした曲をアメリカ人がソ連でやるというのは意義深いことだったでしょう。ビリーはこの曲をやる時はいつも(他の曲以上に)真剣にやりますが、このソ連の舞台での気合いの入り方は尋常ではない、と思います。マークさんはここではサポートのキーボードを担当。
「Stiletto」は、『52ND STREET』(1978)に入っていたジャジーなロックンロール。冒頭に短いの見せ場があるほか、間奏で強力なブロウも聴かせるリヴェラさん。続くビッグバンド・ジャズ風の「Big Man On Mulberry Street」とあわせて、サックスの活躍が続きます。こちらでは曲の後半にメンバー紹介が挟まれていて、“On the saxophone, Mark Rivera!”とビリーがコールすると短いソロも披露するMark。
「Baby Grand」はスロウなジャズというかブルーズ調の楽曲。アルバム『THE BRIDGE』ではビリーが憧れのRay Charlesとのデュエットを実現させていましたが、ここではビリーが一人二役(レイのパートも歌う)。ピアノトリオ+サポート鍵盤(David LeBolt)の構成で、マークさんはお休み。
次の「An Innocent Man」は、バッキングヴォーカルの貢献が大きく、特にPeter Hewlettさんの高音が曲を盛り上げる。“♪Oh yes, I am……”。マークはサポートキーボードを淡々と。『NYLON CURTAIN』からの「Allentown」では“工場の音”を再現するためのパーカッション叩き係がリヴェラさん。楽器担当のないときは、手拍子するよう聴衆をエンカレッジ。ビリーがギターを手にするお約束となっているハードなロック「A Matter of Trust」では、鍵盤係その二に回ります。実に器用な人だ。
カトリック界隈からクレームもあったとかいう「Only the Good Die Young」ももはや十年前(1977)の曲。コンサートではほぼ必ず後半にやるナンバー。マークさんはついにサックスを手に!ソロもばっちり決めます。映像も観ると、いかにも楽し気なのが素晴らしいよね。
このあたりから怒涛の流れでエンディングまで。疾走ハードロック「Sometimes A Fantasy」(『GLASS HOUSES』1980)は、まずはリバティのドラミングが痛快なんです。ワイルドなアクションを繰り出すビリー、タンバリンを片手にコーラスを付けるマーク、勢い余ってステージに上がっちゃうロシアン聴衆、終盤のケヴィンのギターソロ、とみどころ一杯。映像だとより楽しめますな。“♪Be-bop-a-luba(ママ)!”
続いてヒット曲「Uptown Girl」。これも映像を観ると、マークさんはサポート鍵盤ですね。終盤では、ステージに(ちゃんと耳栓させて)娘――まだ二歳になってないAlexa Ray Joelさん――まで上げちゃうビリー。ドキュメンタリーの方で語ってましたが、彼は「自分の家族にロシア(の人々)を、ロシアの人々に自分の家族を見せたかった」とか。ずーっと冷戦で敵同士とされてきたことを乗り越えることが、双方にだいじだと思っていたからだそうです。Billy Joelはポリティカルな主張を音楽でやることは滅多にない人ですが、世界の行方はもちろん気にしていて、自分の立ち位置で出来ることを考えていたわけですね。私は尊敬してます。
さ、ラストはお得意のヘヴィ・ナンバー「Big Shot」。ジャジーなナンバーが多数収録された『52ND STREET』ではむしろ異彩を放ったナンバーですが、これまたステージではやらないときの方が珍しいようなもの。マーク・リヴェラは本業(?)のサックスをプレイ。映像だと、楽器は仲間に任せて、マイク片手に暴れ回るビリーが観られます。リバティのハードヒットも最高潮。あら、ビリーちゃん、足でピアノ弾いちゃダメでしょ!……Billy Joelは決してお上品なシンガーソングライターじゃありません。John Lennon直系の、特にアグレッシヴなロックンローラーなのでありました。
後はアンコール的にカヴァーズ。“You like the Beatles?”というビリーのコールから始まるは「Back in the U.S.S.R.」。事前のリハーサルでは「She Loves You」をやるつもりだったそうなんですが――リハ音源が公式に発売されてます――、急遽こちらに変更(たぶん)。ま、バックバンドは全然困ってないですね。ビリーのバンドに居て、ビートルズの曲が出来んなんてことはあり得まいて。ここではラッセル・ジェイヴァーズさんがギターソロを取ります。で、いま映像版を見て気付いたんですが、この時もビリー流ステージ締め言葉“Don’t take any shit from anybody!”が繰り出されてたんですね。アメリカだろうがソ連だろうが伝えるメッセージは同じだぜ。2001年の講演にてビリー自身が語るところによると、このコトバの意味は“Be brave! Be strong! Don’t be afraid!”ということなんだそうです。
アルバム最後の「The Times They Are A Changin'」は、ビリーが単独でソ連のTV番組に出た時の音源で、珍しいことにビリーがアコースティック・ギター弾き語りでBob Dylanの曲を歌います。曲を始める前のコメントで「ロシアに来てから、この曲が僕の頭の中をグルグル回ってるんだ。『時代は変る』っていう曲だ」。もともとこうした形でやろうと思ってきたのか、ヴィソツキイなどに影響を受けてディランの歌をあらためてやりたくなったのかはわかりませんが、楽曲のメッセージも含めて画期的な演奏となったことは確かでしょう。
さて、2014年にはこの作品の完全版ともいうべき『A MATTER OF TRUST――THE BRIDGE TO RUSSIA』が出まして、CDも二枚分にボリュームアップされました。そちらには、旧版には入っていなかった「The Ballad of Billy the Kid」、「She's Always A Woman」、「Scenes From An Italian Restaurant」、「What's Your Name」、「The Longest Time」、「Pressure」、「It's Still Rock And Roll To Me」、「You May Be Right」、「She Loves You(リハーサル)」、「New York State Of Mind(リハーサル)」、「Piano Man」まで入っていて、小生狂喜乱舞。そうだよね、フルステージやったらこれくらいになるよね。
ビリーは新作・新譜を出さなくなって久しくて寂しいですが、こういう発掘モノやアーカイヴものだけでもどんどん出していただきたいと願うものです。
<完>