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"Secrets are fun to a certain degree, but......"<Jake Holmes>

第22回「特集:このドラミングがすごい②Bobby Caldwell」(1)

 この辺でまた特集といきますか。凄いドラマーを紹介しよう。Bobby Caldwellさんです!(同姓同名のシンガー・ソングライターがおられますが、もちろん別人。)
 
<達人の物語(前編)>
 ボビーさんは10歳でドラムをはじめ、14歳の頃にはNoah’s Arkなどのグループでプロとして活動していたそうです。活動の拠点は米国フロリダ。(ボビーさんのバイオグラフィについては、オフィシャルサイトの記述を適宜参照させてもらいました。)
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*真ん中がJohnny Winter、左下腕組みがRick Derringer。左上の帽子がRandy Jo Hobbsで、右がBobby Caldwell。

19歳の時、Johnny WinterのニューグループJohnny Winter Andにドラマーとして抜擢され、ライヴ・アルバムLIVEでそのプレイを披露しています。Johnny Winter Andには、Rick Derringerがもう一人のギタリストとして在籍していましたが、そのRickからも声が掛かり彼のALL AMERICAN BOY(当ブログ第5回でも言及)に参加します。また実はこの時期The Allman Brothers Bandのツアーに第3のドラマー(!)としても参加していました。このバンドの所属レーベルCapricornは、次にボビーが結成したCaptain Beyondと契約することになります。


 さてこの時期、ボビーさんはオリジナルの音楽を送り出すことにも力を入れ始めました。そのユニットがCaptain Beyondだったわけですが、このバンドは当時「スーパー・バンド」と呼ばれておりました。彼以外のメンバーは、ヴォーカルがRod Evans(元Deep Purple)、ギターがLarry “Rhino” Reinhardt(元Iron Butterfly)、ベースがLee Dorman(元Iron Butterfly)。面子とレーベルだけみると、サザンロックでも演りそうですが、出てきた音はビックリ、プログレッシブなハードロック(英国風)だったのであります。
……念の為申しますが、私はもちろんリアルタイムじゃ知らないので、当時を“想像して”語っているのですがね。さあ、後追い者の執念を見せて差し上げましょう。当時どう見られていたかを史料で示しましょうぞ。
 
 「キャプテン・ビヨンドは極めていいグループです。……キャプテン・ビヨンドのギタリストはとても優れていると思います。いい機会をつかんだようですね。まだ一度しか見ていませんが。」(『ミュージック・ライフ』197210月号)
 
 誰のコメントかというと、これはDeep PurpleJon Lordさんのものなのですね。(原載は『ML』誌ですが、私は『SHINKO MUSIC MOOKディープ・パープル』201212月刊に転載・再掲されたものを読みました。)Rod Evans氏が元Deep Purpleなので、インタビュアーが「彼らの活動について何か?」と水を向けた際に答えたものです。Lordさんて人はあまりお世辞を言わない人なので、やはり「いい」と思ったんでしょうね。CAPTAIN BEYONDについては後述しますが、当時ちょっと話題になったというだけでなく、後々まで意外になほど多くのファンやミュージシャンに支持されたという意味で「名盤」でありました。


 ちなみにこのバンド名ですが、Iron Butterfly時代のLeeRhinoの会話がもとになっているといいます。IBのヨーロッパ・ツアーじゅう、Rhinoの調子が悪かったのでLeeが(からかって?)“Captain Negative”・“Captain Beyond”という「称号」をRhinoに奉ったんだとか。これが用いられたことからわかるように、このバンドの発端はLee&Rhinoの元IB組が「新しいことをやろう」としてBobbyに声をかけ……ということだったようです。(ポリドール版CAPTAIN BEYONDCDの水上はるこ氏解説による。)


 バンドはセカンドアルバムの制作に入りますが、ボビーさんはSUFFICIENTLY BREATHLESS1973)の録音には参加しませんでした。アルバム完成後のライヴ活動時には復帰していたようなので、仲間割れなどではなかったようですが。この頃ボビーさんはRick DerringerのアルバムやJohnny Winterのアルバムに助力していたのでした。それらが一段落した時期に、ボビーさんはオリジナル音楽を再び世に送り出そうとします。(後編に続く)
 
<名演紹介(前編)>
1Johnny Winter AndLIVE1971
 ボビーさんが広く世に知られることになった作品。1曲目は「Good Morning Little Schoolgirl」ですが、いきなりボビーさんの豪快なドラムソロから始まります。この人のプレイは、アタックが強くて鋭いキックと、それとのコンビネーションでヒット感を強調するスネアに味があると思います。それと、残されたCaptain Beyondの演奏動画によるとこの人はレギュラー・グリップなんですよね。よく力が入るなあ……このグリップの利点を活かして(だと思う)スネアヒットも細かいニュアンス付きにちゃんとなってるんですよ。ちなみに、カッコいいレギュラーグリッププレイ(?)を観たい人は、Captain BeyondDancing Madly Backwards」のほか、Jeff Beck GroupDefinitely Maybe」(ドラムはCozy Powell)、Procol HarumPower Failure」(ドラムはB.J.Wilson)、The PoliceNext To You」(ドラムはStewart Copeland)あたりをご覧ください!


 2曲目はスロウなブルーズ「It’s My Own Fault」。さすがに前曲のような叩きまくりは無い……と思っていると、かなり輪郭のはっきりしたリムショットを多用していたり、曲の展開場面ではここぞとばかりフィルをぶち込んできたり、いやあ若いボビーさん。それに煽られるように御大Johnnyと相棒Rickのギターもホットに。


 3曲目はThe Rolling Stonesのカヴァー「Jumpin’ Jack Flash」。ハードロックになってます。4曲目は「ロックンロールメドレー」で、「Great Balls of Fire」→「Long Tall Sally」→「Whole Lotta Shakin’ Goin’ On」という流れ。この辺になると、Johnnyの歌声も裏返り気味だったり。好みにもよるでしょうが、ちょっとやり過ぎかなあ。私はこの強引なメドレーよりも次の「Mean Town Blues」が好きだなあ。なぜなら、John Lee Hookerタイプの高速ブギーだから。Canned Heat(当ブログ第4回)のところでも示唆したことですが、John Leeブギーをやるならドラムを中心に全パートが一丸とならないとサマになりません。このJohnny Winter Andでは、ボビーさんのキック(右足はほとんどノンストップじゃないか?)が支点となって、ギタリストたちにやりたい放題させています。


 ラストはChuck Berryの「Johnny B. Goode」のカヴァー。これも有名なヴァージョンで、多くのハードロッカーがこの演奏を手本にしています。有名どころではFrank Marino & the Mahogany Rushですね。彼らのLIVE1978)でもハードロッキンJBGが演奏されてますが、Frankによると「Johnny Winterみたいにやりたかった」とか。ChuckJohnnyも亡くなってしまいましたが、この名曲は受け継がれていくことでしょう。