DON'T PASS MUSIC BY

"Louis XIV, finesse and force......."<Chroming Rose>

「Teenage Dream――回想録」(1)バンド始動まで

 土曜日コーナーはこのところ旧稿再録を続けて参りました。実はまだまだ素材はあるのですが、勝手ながらちょっと割り込み企画を奉ります。個人的なむかしばなし(むろん、音楽に関することですが)が主となりますことをあらかじめ申し上げておきますね。なおこちらは、待望(?)の新作――2019年執筆――でございます。


 それでは、はじまりはじまり……
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実は私は読んでいたわけではないのですが、『バンドやろうぜ』っていう雑誌がありましたね、そのむかし。いま考えるとあのタイトル、絶妙ですよね。「バンドやる」で一個の複合動詞?仲間を集めて(=バンドを組んで)音楽活動するっていうのは、「バンド組もうぜ」とか「バンドでやろうぜ」「バンドをやろうぜ」という文言では伝えにくい何かを含む筈。やっぱり「バンドやる」としか言いようがないと思うのですよ。
 
まあ、それはそれとしてですね。私もさんざんヒストリアン気取りで色んなバンドのことをあーだこーだ語ってきましたね。ほとんどは自分が生まれるより前にあったアーティストであるにもかかわらず。そろそろこの辺で、ある種の落とし前をつける(?)意味で、「自分が確実に語れる史実」として、おのれの音楽活動についてちょいと回顧してみようかなと思うに至った次第でございます。
 
回顧企画を思いついた契機はいくつかありますが、最大のものは、「もう聴けない」と思っていたむかしのバンド活動(20年以上前)の音源が聴けるようになったこと。MDとかカセットテープとかに入ってた音を、なんとかデジタル形式に変換・保存が出来たのですよ。それで聴き直すほどに、「こんなことをやってたのか!?」と(手前味噌乍ら)感銘を受けた次第。特に高校の文化祭に出た時のバンド(同級生同士)は、まさに「バンドやる」を地で行くようなものだったことが思い出されて懐かしくなってしまいました。
 
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で、母校はいまでも文化祭にバンドって出てるんだろうか、と思って軽く調べてみたら、随分様変わりしてるみたいだとわかったのでした。だとすれば、20年前の――「バンドは不良」扱いさえあったという私の親世代よりはずっと後、バンドブームよりも些か後、SNSが普及してモダンな活動が可能になっている現在よりはだいぶ前――(思うに)あまり注目されない時期の「バンドのやり方」の一例を記しておくのも一興であろうと思った次第。まあ、歳とってきて後ろ向きになったんで「むかしはこうだったんじゃぞ」って言ってみたいだけ、とも言えますが。筆者に興味ない普通の読者の方のお役にも立てますように、時代の雰囲気くらいは伝えられるよう頑張りたいと思います。
 
バンドと言えるものに私が初めて入った(入れてもらった)のは中学のときなんですが、この話は後日に取っておきましょう。まあ、その時にドラム「っぽい」ことをやっていたというのがあったので、高校でバンドに入れてもらえたという点からすれば、ひとつながりのことではあるのですが。
 
よろしいですか。当時(約20年前)は、SNSスマートフォンもありませんでした。携帯電話も持っている奴はまずおらず、新し物好きの連中はポケベルっていうのを使っていたのですよ。私は当然、何にも持ってませんでした。私に連絡するには、家に電話するか、直接学校で捕まえるかしかない。(まあ、不思議なもんで、当時はそれでぜんぜん困らなかったんですけどね……)コミュニケーションの様式が随分違ったわけですよ。するってえと、「バンドやろうぜ」って思った時には、直接の知り合いか、知り合いの知り合いをたどる方式をとることに必然的になりますね。


私の場合は、たぶんクラスでの自己紹介かなんかの折に「ドラムをちょこっとやったことがある」と言ったんでしょうね。自分じゃあそのことを忘れてたんですが、しばらくしたころにクラスメイトのA(仮名、以下同)が「Oはドラム叩けんの?バンドやりたいんだけど入んない?」といって誘ってくれたんです。〔以下、意図的な創作は含まぬよう注意してバンド史話を行いますが、あくまで一メンバーの記憶によるものとは思し召し下さいますように。〕
 
 
 確か最初は、彼(ギターの予定)及び彼と同じ部活の仲間T(やはりギター)が決まってて、そこに引き合わされる感じだったと思います。放課後の教室でTと初めて会いましたが、Aが「こいつはギターが最高にうまい」というので、「へえ、凄い人と組むんだな」と思いましたよ。たぶんAが声をかけたんだと思いますが、ベースにH、キーボードにNというメンツが集められ、バンドの骨格が出来上がりました。このメンバーは高校を卒業するまで不動。そして初代ヴォーカリストYが招かれ、バンドが始動したわけです。
<続く>