DON'T PASS MUSIC BY

"Secrets are fun to a certain degree, but......"<Jake Holmes>

時代の産物を追う?(1.5)追記

(1).中川五郎『トーキング烏山神社の椎の木ブルース』

 「1923年9月2日夜、甲州街道・大橋場で何が起きたのか。フォーク・ソングの原点であるバラッド(物語歌)に立ち返った中川五郎が怒りを込めて語り下ろす、1曲18分におよぶ驚愕のドキュメンタリー。」【オビ】

 当ブログをご覧下さっている方はおそらくお気付きの通り、わたくし「フォーク・ミュージック」には疎いです。Bob Dylanを少々と、Woody Guthrieをちょこっと聴いたことがあるくらい。あと、Joan Baezの「Diamonds And Rust」がJudas Priestにカヴァーされてたのでオリジナルを探してみたとか、その程度。(私の尊敬する宇沢弘文先生が米国で無名時代のバエズの歌唱を聴いたことがあった、っていうエピソードにはグッときたけど。)

 まして「日本のフォーク」については無知もいいところで、中川五郎さんもお名前くらいしか知らなかった不勉強者。(数か月前?くらいに、「大竹まことゴールデンラジオ」にゲストで出演された氏のお話を聞いて、ユニークでタフな人なんだなあとは思いましたけれども。)

 所詮そういうモンの言うこと、として以下はご覧下さい。
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 本作がいかなる作品かは、既にオビに記されていました(冒頭)。CDケース内にも「制作協力 加藤直樹『九月、東京の路上で――1923年関東大震災ジェノサイドの残響』(ころから刊)」と明示されています通り、関東大震災の際じっさいに起こった事件がモチーフなわけです。それを、曲名の通りトーキング・バラッドで語りきるわけですが、これを最初に聴いた時は、衝撃を受けました。

 解説などの予備知識を得る前にいきなり聴いたせいでもありますが、この作品の長さと構造(構想)に圧倒されたのです。18分という長さは示されていましたので、1923年の事件についてどれほど詳細に語られるのであろうか……と思って聴き始めますと、導入から事件の概要までの内容はおおむねはじめの半分で済んでしまったのです。

 あとの半分は?と思って聴き進めてまいりますと、次の4分の1ほどでは、事件の後日談から「烏山神社の椎の木」の謎が(どんでん返し的に)明かされるのでした。胸の悪くなる真実……「そういうことだったの!」と狼狽(?)する聴き手を前に、シンガーはあくまで淡々と語りを進めます。

 日本的ムラ社会のある種のおぞましさを暴くこのパートで締めくくられるのかと思いきや、クライマックスは第三部にありました。事件から“♪九十年後”の現在の、“♪変わろうとしないこの国、変わろうとしないこの国の人たち”に向けた歌い手のさけび……18分という長さは必然だったのだなあと感じました。

 なお、この曲は2017年に発表されていますが、歌詞の中では“九十年後”という言葉が多用されています。1923年から九十年後は2013年ですが、これは「おそらく意識的にそうしているのでは」と勘繰っております。といいますのも、2013年というのは日本におけるヘイトスピーチ問題が尖鋭化した年だったからです。本作中15分44秒から16分00秒のあたりで歌手が「怒りを込めて」糾弾する行為、それが“九十年前”のまさに延長にあるのだ。そう知らせることに作者は意を注いでいるように思えました。

 これ以上は蛇足というものでしょうか。モノラル録音でクリアに迫力満点に録られた「うた」をそのまま聴けば、歌い手の思いは充分汲み取れるのではないかと思います。

 天災を歌った曲というと、Woody Guthrieの「Dust Storm Disaster」等々や、(私の好きな人の例でいうと)John Lee Hooker「Tupelo」やCharley Patton「High Water Everywhere」などが思い浮かびます。中川さんの演奏・歌唱はそういったフォーク・ブルーズの「語り」の伝統の上にあるようですが、上述の楽曲などがどこか“神(Lord)”への祈り――裏返すと人事の限界への諦念――を感じさせるのとはやはり異なるような気がしています。天災が人災をもたらし、そこで顕わになったおぞましい人間の性質……それを問わずにいられないところに、独自のフォーク・ミュージックがあるのでしょうか。

 フォーク知らずの私の御託はともかくとしてですね。聴いた人にきっと「何か」をもたらしてくれる1曲だと思います。お薦め致します。