そして、マネージメントも得てデビューした彼ら。しかしレコードはヒットせず、悩まされることになります。起死回生の作品が必要だ。レイの新曲「You Really Got Me」は、ステージでの受けは非常に良い。あれを何とか……。しかし(これは(1)の回でも記しましたが)レコード会社はそれを気に入らず。プロデューサーがついて作ったヴァージョンはレイからすれば不満足なもの。行き詰まり、会社の助けを借りず(自腹で)レコーディングすることになったのでした。
「この“ユー・リアリー・ガット・ミー”はレッドベリーやビッグ・ビル・ブルーンジーといった偉大なブルースマンたちに捧げた曲なんだけど、この日のデイヴは僕の書いた譜面通りに弾いていた。ところが次に彼はギターをグリーンのアンプにつなげ、それをVOX AC30に差し込むじゃないか。もの凄い大音量がして、デイヴがこの曲の出だしを弾き出した途端、ドラマーはその音の大きさに驚き、すっかり楽譜を忘れてしまったんだ。そして思い切りスネア・ドラムを一発叩いた。それはまるでデイヴに『うるさい奴だな、この太いスティックがあれば、音の大きさじゃ負けていないぜ』と言っているようだった。これこそ僕たちが求めていたサウンドで、やっと僕たちらしくなってきた。」【Ray Davies『THE STORYTELLER』トラック28「The Third Single」より。ブックレット和訳(無署名)による】
Big Bill Broonzyは、レイお気に入りのブルーズマンで、よくインタビューで名前を挙げています。当時の英国にはブルーズ・ブームがやってきていましたが、Albert Kingその他の華やかなリード・プレイヤー(The Yardbirdsほかブリティッシュバンドが多大な影響を受けた)よりも、渋いカントリーブルーズが好きだというのがレイ。一方で、こういう記述もものの本にありました。
「デイヴィス兄弟によると、<ユー・リアリー・ガット・ミー>のインスピレーションは、ブルース志向のフレンチ・ジャズに興味をもっていたから得られたのだった。この曲のオリジナル・ヴァージョンは軽いジャズっぽい曲で、最終的にレコーディングされた曲とは似ても似つかなかったらしい。デイヴ・デイヴィスが回想するに、モントルー・ジャズ・フェスティヴァルの映画のなかで、ジミー・ジュフリーとジェリー・マリガンが独創的な<トレイン・オン・ザ・リヴァーTrain On The River>〔引用者注:Train And The Riverが正しいと思われる〕を演奏するのを見て、あのリフを思いついたという。」【ジョニー・ローガン著『ザ・キンクス ひねくれ者たちの肖像』、74頁】
この曲については、The Kingsmen「Louie Louie」との類似を指摘する声もありますが、一つの曲ができるというのはそう単純なものではないということですね。いろいろなものがインスピレーションになる、ということですか。さて、レコーディング風景に戻りましょう。ギタリストもドラマーもいい感じでテンションが上がってきたところでした。
「半分くらい進むと、今度はデイヴのギター・ソロの番だ。うまくやらないといけないところなんだ。デイヴを励ますつもりで僕はスタジオのこっちから叫んだ。でもそれが彼の集中力を乱したようで、ボーっとした表情で僕を見やると「ファック・オフ!」とどなった。疑うのなら、この曲のオリジナル・レコーディングを聞いてほしい。セカンド・コーラスのあとで、ギター・ソロの前にドラム・ブレイクがあるんだけど、その時後ろの方で「ファック・オフ」って聞こえるんだ。わかったね。だから僕はヴォーカルをかぶせる時「オー、ノー」っていうのを入れてなんとか隠そうとしたんだ(笑)。」【Ray Davies『THE STORYTELLER』トラック28「The Third Single」より】
このくだり、大好き。全体を統括しようと奮闘する兄貴と、てめえのプレイに一曲入魂の弟のコントラストがよく出ているし、1964年の段階で「そんな言葉」をレコードに残しちまったらどうなるか!っていう緊張感(自腹レコーディングだし)も伝わる(――MC5は1968年でさえアウトだったんだから――)。どうなるデイヴィス兄弟、どうなるキンクス!
「僕たちにとっては重要なトラックが曲半ばにさしかかっていて、失敗したらこれが最後になるというのに、わがリード・ギタリストはギター・ソロの手前で演奏の手を止めた。そして目を少し細めると、僕が長いこと愛しそして憎んだあのニヤリとした笑いを浮かべたんだ。わかったかい?彼には僕の叫んだのが聞こえていなかったんだ。僕が彼を見たのと同時に、彼も僕をちょっと見たのだった。テレパシーで伝えるかのように。「これだよ。リヴィングのことを思い出したぜ。」そして彼はもう一度僕をニヤリと見やると、クルリと背をむけてスタジオの隅の方に行くと、ロックン・ロールの伝説のフレーズを弾き始めたんだ。」【Ray Davies『THE STORYTELLER』トラック28「The Third Single」より】
And the rest is history.この冒険的なトラックが、天下を取り、ロックの歴史を切り拓いた(ついでに後の世に私の如き輩をロック地獄に引きずり込んだ)のであった。
『THE STORYTELLER』アルバムでは、続くトラック29が「You Really Got Me」。Ray(Vo, Gt)・Pete Mathison(Gt)・Bobby Graham(Dr)・Jody Linscott(Perc)によるアコースティックヴァージョン。ドラマーを見よ。なんと、あの、オリジナル「You Really Got Me」にセッション参加していたボビーさんですぞ。ビックリしましたね。(ちなみに、本アルバムの他の曲――例えば「Art School Babe」「It’s Alright」――にはMick Avoryさんも参加してます。キンクス・ファン感涙もの。)アレンジはもちろん大胆に施されていて原曲とは異なりますが、レイの歌は力強い。上でエピソードが紹介されていた「ブレイク部分」のところでは、「♪Oh no……fuck off!」って自分で歌っちゃうお茶目な兄貴。それをうけてのギター・ソロはPeteさんによる(と思う)スライドを絡めた渋カッコいいヤツ。最後にレイがもう一回り凄みをきかせて歌い、幕。オーディエンスがあげる大歓声がフェイドアウトしていき、本編終了。(アルバムではこの後にボーナス的に「London Song」という曲のスタジオ版が入ってる)
というわけで、ようやくこの特集も終了です。継続的に読んでくれている方からも呆れられ(?)ながら続けてまいりましたが、本当に終わります。ありがとうございました。
<第36回完結>