(2)Bruce Springsteen『BOOM BOOM』
イタリアのあやしげなレーベルから出たものに、日本語帯がついてワゴンセールで売られていた……。そんな状況を考えると、ひとさまにお薦めするべきものではないのですが、一つだけ。タイトルにもなっている「Boom Boom」というのは、本盤で2曲目にBruce達が披露するナンバー。ノリノリで最高だなや、と思ってクレジットを見る当時の私。他の曲はすべて「B.Springsteen」とあるのに、この曲だけ「Hooker」と書いてあって、「へえ、これだけ他の人の曲かな?」
*☝私がワゴン盤で聴いたのとは別ですが、雰囲気は近い
結構こういうことがあるのですよ。さっきのフェスの話じゃあないですが、お目当てのアーティストのライヴ盤を聴いていると、その人のじゃない曲が混じることがあって、なんだかそっちが一層気になっちゃうようなことがね。以前ご紹介したVan Halenのワゴンセールライヴ盤でも、1曲だけ「Davies」っていうクレジットのカッコいい曲が入ってて、一生懸命(当時の中学生の)私が調べたら、The Kinksという偉大なる存在に行き当たったのでした。
「このHookerというのは、誰だろう?」別にブルーズ・ファンではなかった当時の私、大御所のこの大名曲すら知らなかったのでありました。その後おいおい調べていくと、John Lee Hookerという人の名前が出てきて、「へえー、いいね」ってことでJohn Lee Hooker御大のCDに手を出したのが運の尽き。ブルーズの魅力にとりつかれ、ジョン・リーのアルバムはもちろん、他のブルーズ音楽にも手を出しまくる羽目に陥ったのでした。駄洒落みたいになりますが、私のブルーズ(blues)偏愛は、ブルース(Bruce)の怪しいライヴ盤での偶然の出会いによってもたらされていたのですね。おあとがよろし……くないか。
ただし、聴き直してみますと、Bruceがステージで披露している「Boom Boom」はJohn Leeのオリジナルに準拠しているのではなく、おそらく英国のThe Animalsのヴァージョンを下敷きにしていたのではないかと思います。何しろ多くのアーティストがカヴァーをしている名曲中の名曲でございまして、いま手元にあるヴァージョンだけで、The Animals、The Yardbirds、Muddy Waters、Dr.Feelgoodのヴァージョンが挙げられます。
Eric Claptonがそのバンドに入って初めて録音したというThe Yardbirds版は、エリックの達者なギターもさることながら、ブルーズハープも上手なKeith Relfのクールな(熱くならない?)歌唱がおもしろい。
John Leeと同世代のブルーズ・マンMuddy Watersがこの曲をやっているのはやや意外でしたが、『LIVE(At Mr.Kelly’s)』(1971)で聴けました。こちらでおもしろいのは、マディのリズムのとり方・歌詞の載せ方がジョン・リーと全然違うところ。同じくブギーではあるのですが、別の曲を聴いているみたい。
名バンドDr.Feelgoodは、ファーストアルバム『DOWN BY THE JETTY』(1975)でこの曲を取り上げてますが、Wilko Johnsonがヴォーカルをとっております。ソウルフルなリードヴォーカリストLee Brilleauxとは対照的に線の細いWilkoのヴォーカルなので、ヤードバーズ版っぽい感じがしなくもない。(Leeさんのハープが全編で炸裂してるからかも。)私は初期のライヴ映像をDVDで観ましたが、動画共有サイトでも観られちゃったりするようです。画をみるとさらにおもしろい。
※映像が観られる初期音源集『ALL THROUGH THE CITY』
と、「おもしろい」を連発しましたが、たぶんロック・ファンに最も親しまれたのはThe Animalsのヴァージョンではないでしょうかね。なんといってもEric Burdonの歌唱力は当時の若い英国バンドの中では群を抜いていましたし、アレンジも達者な(名曲「House of the Rising Sun」の編曲も彼)Alan Priceのオルガンが強烈な印象を残します。後に袂を分かったエリックとアランですが、それぞれが後年になっても「Boom Boom」を持ち曲として大事にしているのも素敵だ。
で、あとはただの推測ですが、Bruceのステージ演奏は、“熱い歌唱”という共通点もあってアニマルズのやつに基づいているように思えるのであります。まあ、皆さんもいろんな「Boom Boom」を聴いてみて下さいな。もちろん、本家John Lee Hookerも最高ですよ!
☟オリジナル・各種再録・ライヴ版などいずれも良いですが、90年代のコノ再録は最高!
(3)Bruce Springsteen『THE RIVER』(1980)
個人的フェイヴァリットの「The River」と「Two Hearts」が入っているというだけで文句ありません。2枚組。他にヒット曲だと「Hungry Heart」も入っていますが、私が好きなのは一枚目1曲目の溌剌とした「The Ties That Bind」などですね。アレンジは巧みですが装飾過多にはなってなくて、各楽器奏者のプレイの個性が味わえるのも嬉しい。ドラムの音もクリアで良いです。なんていうか、人間味あるというか、暖かみのあるロック。疑似ライヴ(?)の2曲目「Sherry Darling」も楽しいね。Bruceって、実はかなりメロディアスな歌唱(シャウトやトーキング調だけでなくて)にも長けているんだなあ。次の「Jackson Cage」、そしてわが心の名曲「Two Hearts」までアップテンポのナンバーで固め、聴き手としては大高揚。お次は「Independence Day」、郷愁誘う弾き語り調の曲でしんみりさせたかと思うと、ポップでキャッチ―な「Hungry Heart」に。
この曲「Hungry Heart」にはちょっと逸話があって、ブルース本人(ベスト盤ライナー)によると「アズベリー・パークでラモーンズと会った時、ジョーイに曲を書いてくれと頼まれた。その晩家に帰り、さっそくこの曲を書いた。しかしプロデューサーのジョン・ランドウに聴かせたら、さすが商売人だね、自分用にとっとけと言われた!」とのこと。おどろくのはランドウのビジネスセンス……ではなく、他人のためにポンとこんな曲を書けてしまうブルースのライティング力よ。Black Sabbath「Paranoid」とかThe Jam「A-Bomb in Wardour Street」とか、Thunder「River Of Pain」とか、ホンの短時間で出来ちゃった曲に大ヒットが多いっていうのはなんなのでしょうね。マジック。
『THE RIVER』一枚目は、「Out In The Street」「Crush On You」という王道的佳曲を経て「You Can Look(But You Better Not Touch)」という短い疾走ロックンロールにつながり、「I Wanna Marry You」というバラードに。そして、最後に控えているのが大名曲「The River」……ここまででアルバムの半分ですからね、もう信じられません。どれだけ創作意欲に溢れていたのBruce……
くどくなるので二枚目については少々にしますが、2曲目「Cadillac Ranch」(ロックンロール!)、ワイルドな歌唱が魅力の3曲目「I’m A Rocker」、それとは対照的に静謐なイメージで進む5曲目「Stolen Car」などは味わい深うございます。
(4)Bruce Springsteen & The E Street Band『LIVE 1975-85』(1986)
「Two Hearts」のライヴが聴きたくて購入した一枚、もとい三枚組CD。“お腹一杯”っていうのはこういうのをいうのかな、すごいボリューム、高い栄養分。各地諸時点の演奏を集めて編集したものですが、まず一枚目冒頭は1975年10月の「Thunder Road」。やはりいい曲ですな。78年7月の「Adam Raised A Cain」、同じく「Spirit In The Night」……と名曲佳曲のオンパレード。一枚目で聴ける「Hungry Heart」は凄くて、曲が始まるや観衆が大歓声を上げ、バンドの伴奏にあわせて通しで一番を大合唱。戻ったところでブルースが歌い始める、というね。その後が1981年7月の「Two Hearts」、スタジオ版より荒い熱演。
二枚目は「Cadillac Ranch」「You Can Look」「Independence Day」の『THE RIVER』三連発でスタート。ホットな曲は一層熱く、泣かせる曲は情感たっぷりにやってくれます。その後も「Badlands」・「Nebraska」・「Born in the U.S.A.」、三枚目では「The River」「My Hometown」「Born To Run」などなどが聴けるのですが、いま聴き直しながら気づいたのが、合間合間に挟まれるカヴァー曲の味わい。一枚目ではEddie Floyd「Raise Your Hand」、二枚目ではWoody Guthrieの「This Land Is Your Land」、三枚目ではEdwin Starrのヒット曲「War」、Tom Waits「Jersey Girl」が聴けるのですが、人の曲でも(人の曲だとなおさら?)気合横溢しちゃうのがBruceさん。R&B・フォーク・ソウル・ロック・ブルーズ(John Lee Hookerとかもね)といった諸ジャンルにまたがる先達の音楽を愛し守り伝えるブルース・スプリングスティーンさん、私の如き後追い音楽ファンにとっては頼もしく尊敬できる存在でありますね。<完>