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"But holy men and kings would die in the year Twenty Twenty-five......"<Satan>

臨時号・コンサート感想「Jazz meets Classic」(1)

 先日(20171015日)、「小曽根真&ピーター・アースキンJazz meets Classicwith 東京都交響楽団」というコンサートを観に行きました。その感想を少々。
 
といって、始める前に弱音を吐いておきますが。コンサート・レポート、ライヴ・レポートって難しいですよね、実に?まず、コンサートを観て・聴いていない人に「音」を伝えのは至難の業ですよね。通常のディスク紹介と違って、「その場の音」は再現が難しいですから。その一方で、コンサートを実際に観た・聴いた人からすれば、「そりゃあそうじゃねえだろう」と仰りたくなるものでもあるでしょう。場合によっては、“思い出を歪められた”という印象になることさえあり得る。(実際、自分が観てそれなりの感慨を抱いたライヴについて、音楽雑誌などでああだこうだ言われているのを読んで何となく腑に落ちなかったことがままあるのです。)してみるというと、コンサート・レポートというのは熱情だけでも技巧だけでも成り立たないものなのですね……と、これくらい防御線を張っておけばよいでしょうか。
 
 この催しを知ったのは、よく鉄道の駅のあたりで壁に貼り出される広告を見たからでした。「ジャズ」とか書いてあるなあと思ってよく見たら、「ピーター・アースキン」とあって、「あ、ウェザー・リポートに居た人だ」と。氏のソロ・アルバムも昔のものを一枚持っていますが、ライヴで観られるチャンスが近くあるようでした。不勉強でその当時は小曽根真さんも東京都交響楽団も(正確にはピーターさんの近作も)知らなかったのですが、折角だからと観に行くことにしたわけです。
 
 その後数か月の間に、手持ちのピーターさんやWeather Reportの旧作(Peter ErskinePETER ERSKINEWeather Report8.30ほか)を聴いたり、小曽根さんを知ろうと“小曽根真The TrioFIRST DECADE”を手に入れて鑑賞したりしておりました。そしてついに本日、コンサート当日と相成ったわけでございます。
 
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 ※当日もらったパンフレットより。


 コンサートは二部構成。“Classic”に重点を置く第1部は、東京都交響楽団の演奏するレナード・バーンスタイン交響曲に小曽根さん・ピーターさんがピアニストおよびドラマーとしてそれぞれ参加する形態でした。


まずは、リオ・クオクマンLio Kuokmanさん指揮のもと、交響楽団バーンスタインの「『キャンディード』序曲」を奏でて演奏会はスタート。オープニングとして気合いの入る(?)ハイ・テンションなOverture。私のようなロック好きからすると、こういうのを聴くと古き良きプログレEL&Pを思い出す……っていうか、その前身のThe Niceはモロにバーンスタインの「America」をカヴァーしてましたよね。Leonard Bernsteinの楽曲っていうのは、ロックと相性が良いのかな?というか、Kuokmanさんの指揮に煽られてヴォルテージを上げる交響楽団の演奏、もはやこりゃあ様式美のヘヴィ・メタルみたいになってきた。いやがおうにも盛り上がる聴衆、もとい私(「うおお、すげえ、やったー!」という感じ)。
 
「序曲」の演奏が終わって一旦Lio Kuokmanさんが引き揚げ、しばらくしてこんどは小曽根さんピーターさんが登場。おお、私の座席からだとピーターさんのドラムがよく見えて嬉しいぞよ。

次の曲は、やはりバーンスタインの「交響曲2番“不安の時代”」、これが今回公演の目玉のひとつであります。第2部の冒頭で小曽根さんがお話しになったのですが、バーンスタインの楽曲は、がんらい改編しての演奏は許されていないのだそうです。勝手なアレンジを許容すると楽曲がどんどん変えられてしまうからというのが理由だとか。今回、「不安の時代」をやるにあたり小曽根さんはバーンスタイン財団の方と直接話をし、自分の考える演奏・アレンジの方向を示してその承諾を得たのだとおっしゃってました。また、小曽根さんとは三十年来の付き合いとなる名ドラマーピーター・アースキンさんが“「バーンスタインの「不安の時代」をドラマーとして演奏したい”という稀有な人物であったことも今回の催しを特別なものにしているとのことでした。


「不安の時代」は全部で6つの楽章からなる大曲(クラシックとしては特に長尺だとか複雑怪奇だとかいうわけではないとおもいますが)であり、通して聴くのはそれなりに集中力が要りました。特にこちらは、ピーターさんのドラミング一挙手一投足まで見逃すまいと頑張っていたので……


出だしは、オーケストラが演奏を始める中、ソリストとしてピアノが加わっていくという流れ。楽曲の題名に「不安の時代The Age of Anxiety」とあるように(?)、「明るく爽やか」というのではなく「不安、憂鬱、混沌」を感じさせる響きや展開が多く、独特の風味が。演奏陣は(ニコニコこそしていないが)楽しそうなんですけどもね。小曽根さん入魂のピアノプレイが凄いのはいうまでもないとして、ピーターさんのドラム・パーカッションが見ていて楽しい。最初のうちはあまり出番がなかったので、「パーカッションはお付き合い程度なのか」と思っていたら違いました。中盤・後半は見せ場がいっぱいで、一部ではソロもありました。割と音のよい会場だったこともあるし、座席からドラムキットがいちばんいい位置にあったこともあって、ピーターさんの手元足元がよく見え音も聞き取りやすかったのですが、氏は細いスティック・太いスティック・マレット・ブラシ・手(!)を巧みに使い分け、楽曲を盛り上げてました。


小曽根さんがパンフレットで「ピーターがドラムを奏で始めると僕の耳にはドラム以外の色んな楽器が次から次へと聞こえて来る」と書いておられますが、わたくし如きでもピーターさんのドラミングのカラフル(表情豊かというんでしょうか)な感じには感銘を受けました。


それにしてもこの曲の、不協和音の多い感じは独特ですなあ。有名な曲ではあるんですが、生で大音量で聴いたことなどありませんでしたので、「こんなに疲れる(聴き手に迫ってくる)」ものか、と恐れ入る次第。Black Sabbathとかを大音量で聴いたらこんな感じだろうか……とか、やはりロックと結びつけたくなってしまうわたくしでした。


そして、「エピローグ」で(このあたりで“光明”が見えてくる感じ?)華やかにフィナーレを迎える交響曲。演奏終了後は、指揮者・楽団・ソリストに拍手の嵐でございました。<続く>